2013-5-17 17:55 /
第八章「狐ノ嫁入リ」

そうか、弟の容体もよくなったか。それはよかったな。君もこれで一安心だろ。
君も今日は疲れたはずだ。色々とあったからな。
なんだか遠いことのようが気がするが、君と夜桜を見ることができて、よかった。
そろそろこの将校姿も潮時だ。実は上官からも乗船命令も下っていたね。
暫くこの京都を離れることになった。海軍少尉として、最後の一働きをしてこよう。
人のように振る舞い生活もなかなか楽しかった。
そう悲しそうな顔をするな。
やはり人と妖かしは時間の流れ方も世界も違う。せっかく君の代で、妖かしの血がほとんど感じられないほどに希薄になったんだ。何もまだ関わりを持つことはないさ。
ん?知らなかったのか。
そうか。これは君が成人するその時に伝えられるものだったか。
なぜ君がお父上やお祖父さんから、夜の間は不用意に出て歩いてはいけないと言われているのか。少し早いかもしれないが、こうなってしまって以上、君には話しておいたほうがいいかもしれないな。
土御門家は遠い祖先に、おれと同じ妖狐の血が混じっているそうだ。
もちろん、人同士の婚姻を繰り返し、今では稀釈され、普通の人間と変わりはない。
だが稀に、君のような僅かな力を持った。闇に魅入られやすい子が生まれる。
君が生まれたとき、あの神社に詣でた君のお祖父さんはおれにこう言った。
どうか、君を見守っていてほしいっとな。
正直、あの時おれは捧げられた未決めあてだったんだが、君を見守っているうち、君がいつ図会に出会った魂魄の持ち主だと気づいた。そして君に触れているうちに、いつの間にか、囚われてしまっていた。
君が好きだ。
君を愛している。
だが、愛しているからこそ、君を苦しませたくはない。
人と妖かしが共に生きる道を選ぶということは人としても人生、家族…全てを失うことだ。
ほかの方法。
そうだなあ。天狐となったいまは、その方法がないこともないが、いや、やはり危険すぎる。それでも一度断りをくずせば、再び人として輪廻の流れに戻れるか、おれにも分からない。
嫌い?まさか。
たとえ君がどんなに変わろうと、おれの気持ちには変わりはない。君がおれにいってくれたように。だが、君を危険な目に曝すのは。
雨か。空は晴れているのに…
別れの時にこんな天気雨とはひにくだな。もう夜には、特に満月の夜には出歩かないようにな。
怪異を語れば怪異至るとういうだろ。怪異語らずとも怪異言えば、怪異至るも当然なこと。
暫くの間、魔除けの護符役はできそうにもないからね。守れなかった時は、その時は、こんな天気雨の日に君を攫ってしまうよ。
ほら、泣かないで。
やはり君の涙はこうして止めるのが一番だな。
新しいお守りだ。
頬にも、鼻にも、首筋にも、そして唇にも…
いつも側で見守っているから。