2021-6-26 17:32 /
一、送走雾
[太一]「なあ霧っち」
[桜庭]「なに?」
[太一]「居場所」
[霧]「え? なんですー?」
[太一]「居場所だよ、霧。居場所の手に入れかた」
[霧]「居場所?」
[太一]「話したろ? 心のせめぎあいだって」
[霧]「はあ?」
[太一]「おまえは、繊細で鋭すぎるから、人よりいろんなものが見えてしまうけど」
[太一]「その目なら、大切な人を見つけることはできるだろ」
[霧]「はは……恐縮です!」
[霧]「でも、大切な人は、もういますから!」
[太一]「いいや……これから、作るんだ」
[太一]「それに、あとで美希も送ってやるからな」
[冬子]「え?」
[太一]「つらいこととか、理不尽なこととか、悪意とか」
[太一]「悲喜こもごもあるけどさ」
[太一]「なにもないより、人の世界はマシなんだ」
[太一]「それはわかるよな?」
[太一]「だから、頑張れる」
[霧]「先輩? さっきから何を?」
[太一]「おまえに会うのも、これで最後になるけど」
[太一]「もらった思い出は、ありがたく使わせてもらうさ」
二、送走美希
[太一]「ついた」
[美希]「……ほこら」
[太一]「こっちな」
[美希]「こんなところでするんですかぁ……拒否権はないんでしょうかぁ?」
[太一]「ない」
[太一]「いいとも」
[太一]「ラジオを持ちたまえ」
[美希]「……どういうプレイ?」
[太一]「なに、向こうに切り替わったら状況がすぐわかるようにな」
[美希]「???」
[太一]「ここを歩く、まっすぐゆっくり」
[美希]「??????」
[太一]「ほらほら」
[美希]「なんか、意味が……」
[太一]「歩く歩く」
[美希]「は、はぁ……」
いいぞ。
[太一]「ストップ。動かないように」
[太一]「そうだな、ポーズを取りなさい」
[美希]「どんな」
[太一]「マイポーズ」
[美希]「……ない、そんなものはない……どうしよう」
[太一]「適当でいいんだよ」
[美希]「……こんな感じで?」
[太一]「……………………」
[美希]「……あのぅ?」
[太一]「うむ、目に焼きつけた」
[美希]「何がはじまるのだ……」
[太一]「美希、俺は予言しよう」
[太一]「おまえは近い将来、タフガイになる」
[美希]「性転換するという意味でございますか」
[太一]「いい女になる」
[美希]「わー」
[太一]「経験を積めば、なかなかのものになれるおまえに、俺から言葉を贈ろう」
[太一]「Xという文字は、交差しあってできている!」
[美希]「……ん?」
[太一]「あれ、意味わかんないか? 俺はけっこう感動的なことを言ったぞ」
[美希]「……交差しあってるって、すれ違いってことじゃないですか」
[太一]「うわ、そーいうこと言うなよ! 物事はとらえかた次第だっての!」
[美希]「あはは」
[美希]「先輩はあいかわらず奥が深くて、美希にはよく理解できないです」
[太一]「いいとも」
[美希]「先輩の第一印象は変な人で、今の印象も変な人ですよ」
[太一]「出世してないな、俺」
[美希]「そんなのとつがいになった美希です、よしなに」
[太一]「うむ。よい子を生めよ」
[太一]「ああ、おまえにめくるめく性の極みを教えてやれなくて残念だ」
マジで残念だ。
なんつうか、ちょー残念だ。
無念だ。
[美希]「あのう、さっきから何を?」
[太一]「じゃあな」
手を振る。
[美希]「……あのぅ?」
[太一]「ほら、手をあげて」
[美希]「はい……でも」
[太一]「笑顔」
[美希]「なんか……」
[美希]「お別れみたいじゃないですか」
[太一]「そう?」
[美希]「おかしい、ですよ……先輩……」
[太一]「俺はたぶんね、美希みたいな娘か妹が欲しかったんだと思うんだ」
美希の目が、開いた。
その瞬間。
緋が暮れた。
[太一]「すげー楽しかった。じゃあな」
[美希]「先輩、やだ!」
三、送还冬子
[冬子]「ちょっと、どこに連れて行くの?」
[太一]「いいとこ」
……………………。
[冬子]「ここって……?」
[太一]「さあ」
戸惑う冬子を所定の位置に立たせる。
[太一]「……」
じっと、見る。
[冬子]「ねえ……何がはじまるのよ?」
[太一]「質問です。正直に答えて下さい」
[冬子]「は、はい……」
[太一]「寂しい?」
[冬子]「え……さあ、どうかしら……」
[太一]「人がいなくなって、寂しくない?」
[冬子]「……寂しいというか……不安だけど……」
[太一]「帰りたい? 家に」
[冬子]「……そりゃ……あの頃に戻れるものなら……誰だってそうじゃないの?」
[冬子]「ねえ、どういうこと?」
[太一]「次の質問」
[太一]「冬子はずっと孤独だったけど、それはなぜ?」
[冬子]「……なぜって……言われても……わからない……」
[冬子]「ただ……悔しくて……異常者ってことにされて……それだけで、もう弾かれて……誰も声をかけてこなくって……」
[冬子]「一人でいるしかないじゃない……」
[冬子]「でも、太一は声をかけてきてくれたから……」
[太一]「……ごめんな」
ただ、謝罪するしかない。
[太一]「じゃ最後の質問だ」
[太一]「俺のこと、好き?」
[冬子]「……ええと……」
[冬子]「うん、好き……」
最後の言葉だからか。
平凡な単語が、じんと胸に届いた。
うん。
こんなところだろうか。
[太一]「じゃ冬子、勘違いするなよ」
[太一]「今度は捨てるわけじゃないからな、本当だぞ?」
四、送还学姐
太一]「こっちですよー」
柔らかい手を取って、導く。
指先が冷たい。
恐いのかな?
適当なあたりに立たせる。
[太一]「ここに立ってください」
[見里]「あの……」
[太一]「はい?」
[見里]「こんなことを言ったら……いけないのかもしれないですけど」
[見里]「こわいんです……」
[太一]「そうでしょうね」
それっきり、先輩は言葉を発することができない。
異常な状況に、混乱している。
[太一]「心を抱えて、人の世界で生きていかないといけないわけですから」
[見里]「……人の?」
[見里]「人なんて……もう……」
[太一]「しっ」
口を押さえた。
ここに誰かがやって来ている。
草をかきわけ、地面に足を叩きつけ。
……走って。
そいつは、走ってはいけないはずなのに、走って。
悠長に話している暇はないな。
最後に先輩をじろじろと眺める。
記憶に刷り込むために。
世界が分解されはじめた。
大気の密度が変質し、空が暮れる。
[見里]「……夕日?」
後ずさる。
[太一]「部活、誘ってくれてありがとう、先輩」
ぴくん、と身をかたくした。
[太一]「あれがあなたの、価値観の押しつけだったとしても……俺は嬉しかった」
[太一]「俺に興味を示してくれて、ありがとう」
[太一]「一生、忘れません。あなたのこと、あなたの言葉、あなたの記憶」
[見里]「……痛く、しないでくださいね」
震える肩。震える声。
抱きしめたくなる。
俺は踵を返し、先輩と距離をあけた。
[見里]「……へー?」
[太一]「ごめん……楽にしてあげるってのは、嘘です」
[太一]「苦しみながら生きていくんです、先輩は」
[太一]「そこに俺はいないけど……」
肩の前で、小さく手を振る。
[太一]「ばいばい先輩、楽しかった」
先輩がなにか言おうとした瞬間、俺は目を閉じた。
そして開くと、もう彼女はいなくなっていた。
ごっそりと、疲労を感じた。
胸がえぐられたようだ。
[太一]「きつ……」
しかし涙は出ない。
中途半端な、この気持ち。
我ながら嫌になる。
五、送还曜子
魂の抜けたような彼女を、祠につれてきた。
[太一]「最後に、これだけは言っておくけど」
[太一]「ずっと見ていたんだから、さ」
[曜子]「一つ、いい」
[太一]「ん?」
[曜子]「……誰だって、多かれ少なかれ、自動的に人を好きになる」
[曜子]「じゃあ……どうやれば、正しく好きになれるの?」
[太一]「見返りを求めない。それだけのことだよ」
[曜子]「…………!」
[太一]「見返りを求めた瞬間、それは取り引きになると思うんだ」
[太一]「交換、トレード」
[太一]「自分にいいものを与えてくれるなにか」
[太一]「言いかえれば、外部との交易を許容した自己愛だ」
[太一]「否定するわけじゃないよ?」
[太一]「ただ、そうやってつがいになるには……俺は駄目すぎるから」
苦笑する。
[太一]「見返りを求めないのは友情だけに非ず」
[太一]「答えは近くにあったんだ」
[曜子]「どうにも、ならなかったことなの?」
[曜子]「私が太一を壊してしまったから……」
[太一]「もし君と一心同体にならなかったとしても……俺はきっと君を助けた」
[太一]「そしてきっちり同じ結末になっていたって」
[曜子]「なんだ……」
少し、疲れた笑みを浮かべる。
[曜子]「じゃあ……お姫様していれば、よかったのね……」
[太一]「そうだね」
[太一]「でも当時の君は、カンフル剤として純粋なものを必要としていたから……」
[太一]「やっぱり、手近な俺を利用する可能性は高かった」
[太一]「使ったあとで切りすてればよかったのに」
[太一]「それでも、俺は君を好きでい続けただろうから」
[曜子]「それで寂しくないの?」
[曜子]「相手から何も与えられない……寂しくはならない?」
[太一]「……キレイなものを見るのが、好きなんだよ」
[太一]「まずそれがあるんだ。ずっと昔から」
[太一]「その気持ちだけが、俺の最初の感情なんだ」
[太一]「だから、平気だよ」
[曜子]「……もし……太一がまた向こう側に戻ってきたら……」
[曜子]「私、再挑戦する」
[曜子]「うん」
[太一]「その頃には、日本の王様くらいになってないとね、曜子ちゃん」
[曜子]「……それは大変、すぎるかな」
[曜子]「王制にしないといけないから」
[太一]「違いない」
笑う。
彼女は、うつむいたままだった。
[太一]「さようなら、支倉曜子」
[太一]「孤高の君―――」
恭しく頭を下げて。
[曜子]「……さよ……な……」
泣き顔を見た。
俺はそれで一気に満足してしまって。
目を閉じた。
六、最后广播
息を吸う。
夏の香りを含んだ夕風が、悪戯する手つきでそれをさらっていく。
さあ放送だ。
[太一]「こちら、群青学院放送部」
たとえ無駄だとわかっていても。
すがりついて生きていく。
力強く言葉を押し出した。
[太一]「生きている人、いますか?」
[太一]「もしいるのであれば、聞いてください」
[太一]「今あなたがどんな状況に置かれているのか、俺は知りません」
[太一]「絶望しているかもしれない」
[太一]「苦しい思いをしているかもしれない」
[太一]「あるいは……死の直前であるかも知れない」
[太一]「そんな、全部の人に、俺は言います」
[太一]「……生きてください」
[太一]「ただ、生きてください」
[太一]「居続けてくれませんか」
[太一]「これは単なる、俺のお願いです」
[太一]「もしこの声を聞いていてくれる人がいるのであれば、ひとりぼっちではないってことだから」
[太一]「聞いてる人が存在してくれるその瞬間、たとえ自覚がなくとも、俺とあなたの繋がりとなるはずだから」
[太一]「そう考えてます」
[太一]「人は一人で生まれて、一人で死にます」
[太一]「誰と仲良くしても、本質的には一人です」
[太一]「通じ合っても、すべてを共有するわけじゃない」
[太一]「生きることは、寂しいことです」
[太一]「寂しさを、どう誤魔化すかは……大切なことです」
[太一]「そのために……他人がいるんじゃないかと思います」
[太一]「あなたには誰かとの思い出が、ありますか?」
[太一]「それは貴重なものです」
[太一]「決して忘れないようにしてください」
[太一]「孤独と向かい合った人の、唯一の支えだからです」
[太一]「理想は、近くにいてくれる誰か」
[太一]「けど今は、そんな当たり前さえ保証されない」
[太一]「けれど……俺はここにいます」
[太一]「あなたがそこにいるように」
目を閉じる。
万感の思いをこめて。
[太一]「こちら、群青学院放送部」
[太一]「生きている人、いますか?」
祈った―――
[太一]「ではまた来週」
放送を終えた。
立ち上がり、電源を落とす。
片づけている時間はない。
祠に行かねばならない。
また繰り返すのだ。
虚しい行為かも知れない。
けど俺は呼びかけ続ける。
一時の交差を胸に、瞬間の交差を求めて。
いくつもの週を越えて。
また来週と告げるために。
[太一]「なあ霧っち」
[桜庭]「なに?」
[太一]「居場所」
[霧]「え? なんですー?」
[太一]「居場所だよ、霧。居場所の手に入れかた」
[霧]「居場所?」
[太一]「話したろ? 心のせめぎあいだって」
[霧]「はあ?」
[太一]「おまえは、繊細で鋭すぎるから、人よりいろんなものが見えてしまうけど」
[太一]「その目なら、大切な人を見つけることはできるだろ」
[霧]「はは……恐縮です!」
[霧]「でも、大切な人は、もういますから!」
[太一]「いいや……これから、作るんだ」
[太一]「それに、あとで美希も送ってやるからな」
[冬子]「え?」
[太一]「つらいこととか、理不尽なこととか、悪意とか」
[太一]「悲喜こもごもあるけどさ」
[太一]「なにもないより、人の世界はマシなんだ」
[太一]「それはわかるよな?」
[太一]「だから、頑張れる」
[霧]「先輩? さっきから何を?」
[太一]「おまえに会うのも、これで最後になるけど」
[太一]「もらった思い出は、ありがたく使わせてもらうさ」
二、送走美希
[太一]「ついた」
[美希]「……ほこら」
[太一]「こっちな」
[美希]「こんなところでするんですかぁ……拒否権はないんでしょうかぁ?」
[太一]「ない」
[太一]「いいとも」
[太一]「ラジオを持ちたまえ」
[美希]「……どういうプレイ?」
[太一]「なに、向こうに切り替わったら状況がすぐわかるようにな」
[美希]「???」
[太一]「ここを歩く、まっすぐゆっくり」
[美希]「??????」
[太一]「ほらほら」
[美希]「なんか、意味が……」
[太一]「歩く歩く」
[美希]「は、はぁ……」
いいぞ。
[太一]「ストップ。動かないように」
[太一]「そうだな、ポーズを取りなさい」
[美希]「どんな」
[太一]「マイポーズ」
[美希]「……ない、そんなものはない……どうしよう」
[太一]「適当でいいんだよ」
[美希]「……こんな感じで?」
[太一]「……………………」
[美希]「……あのぅ?」
[太一]「うむ、目に焼きつけた」
[美希]「何がはじまるのだ……」
[太一]「美希、俺は予言しよう」
[太一]「おまえは近い将来、タフガイになる」
[美希]「性転換するという意味でございますか」
[太一]「いい女になる」
[美希]「わー」
[太一]「経験を積めば、なかなかのものになれるおまえに、俺から言葉を贈ろう」
[太一]「Xという文字は、交差しあってできている!」
[美希]「……ん?」
[太一]「あれ、意味わかんないか? 俺はけっこう感動的なことを言ったぞ」
[美希]「……交差しあってるって、すれ違いってことじゃないですか」
[太一]「うわ、そーいうこと言うなよ! 物事はとらえかた次第だっての!」
[美希]「あはは」
[美希]「先輩はあいかわらず奥が深くて、美希にはよく理解できないです」
[太一]「いいとも」
[美希]「先輩の第一印象は変な人で、今の印象も変な人ですよ」
[太一]「出世してないな、俺」
[美希]「そんなのとつがいになった美希です、よしなに」
[太一]「うむ。よい子を生めよ」
[太一]「ああ、おまえにめくるめく性の極みを教えてやれなくて残念だ」
マジで残念だ。
なんつうか、ちょー残念だ。
無念だ。
[美希]「あのう、さっきから何を?」
[太一]「じゃあな」
手を振る。
[美希]「……あのぅ?」
[太一]「ほら、手をあげて」
[美希]「はい……でも」
[太一]「笑顔」
[美希]「なんか……」
[美希]「お別れみたいじゃないですか」
[太一]「そう?」
[美希]「おかしい、ですよ……先輩……」
[太一]「俺はたぶんね、美希みたいな娘か妹が欲しかったんだと思うんだ」
美希の目が、開いた。
その瞬間。
緋が暮れた。
[太一]「すげー楽しかった。じゃあな」
[美希]「先輩、やだ!」
三、送还冬子
[冬子]「ちょっと、どこに連れて行くの?」
[太一]「いいとこ」
……………………。
[冬子]「ここって……?」
[太一]「さあ」
戸惑う冬子を所定の位置に立たせる。
[太一]「……」
じっと、見る。
[冬子]「ねえ……何がはじまるのよ?」
[太一]「質問です。正直に答えて下さい」
[冬子]「は、はい……」
[太一]「寂しい?」
[冬子]「え……さあ、どうかしら……」
[太一]「人がいなくなって、寂しくない?」
[冬子]「……寂しいというか……不安だけど……」
[太一]「帰りたい? 家に」
[冬子]「……そりゃ……あの頃に戻れるものなら……誰だってそうじゃないの?」
[冬子]「ねえ、どういうこと?」
[太一]「次の質問」
[太一]「冬子はずっと孤独だったけど、それはなぜ?」
[冬子]「……なぜって……言われても……わからない……」
[冬子]「ただ……悔しくて……異常者ってことにされて……それだけで、もう弾かれて……誰も声をかけてこなくって……」
[冬子]「一人でいるしかないじゃない……」
[冬子]「でも、太一は声をかけてきてくれたから……」
[太一]「……ごめんな」
ただ、謝罪するしかない。
[太一]「じゃ最後の質問だ」
[太一]「俺のこと、好き?」
[冬子]「……ええと……」
[冬子]「うん、好き……」
最後の言葉だからか。
平凡な単語が、じんと胸に届いた。
うん。
こんなところだろうか。
[太一]「じゃ冬子、勘違いするなよ」
[太一]「今度は捨てるわけじゃないからな、本当だぞ?」
四、送还学姐
太一]「こっちですよー」
柔らかい手を取って、導く。
指先が冷たい。
恐いのかな?
適当なあたりに立たせる。
[太一]「ここに立ってください」
[見里]「あの……」
[太一]「はい?」
[見里]「こんなことを言ったら……いけないのかもしれないですけど」
[見里]「こわいんです……」
[太一]「そうでしょうね」
それっきり、先輩は言葉を発することができない。
異常な状況に、混乱している。
[太一]「心を抱えて、人の世界で生きていかないといけないわけですから」
[見里]「……人の?」
[見里]「人なんて……もう……」
[太一]「しっ」
口を押さえた。
ここに誰かがやって来ている。
草をかきわけ、地面に足を叩きつけ。
……走って。
そいつは、走ってはいけないはずなのに、走って。
悠長に話している暇はないな。
最後に先輩をじろじろと眺める。
記憶に刷り込むために。
世界が分解されはじめた。
大気の密度が変質し、空が暮れる。
[見里]「……夕日?」
後ずさる。
[太一]「部活、誘ってくれてありがとう、先輩」
ぴくん、と身をかたくした。
[太一]「あれがあなたの、価値観の押しつけだったとしても……俺は嬉しかった」
[太一]「俺に興味を示してくれて、ありがとう」
[太一]「一生、忘れません。あなたのこと、あなたの言葉、あなたの記憶」
[見里]「……痛く、しないでくださいね」
震える肩。震える声。
抱きしめたくなる。
俺は踵を返し、先輩と距離をあけた。
[見里]「……へー?」
[太一]「ごめん……楽にしてあげるってのは、嘘です」
[太一]「苦しみながら生きていくんです、先輩は」
[太一]「そこに俺はいないけど……」
肩の前で、小さく手を振る。
[太一]「ばいばい先輩、楽しかった」
先輩がなにか言おうとした瞬間、俺は目を閉じた。
そして開くと、もう彼女はいなくなっていた。
ごっそりと、疲労を感じた。
胸がえぐられたようだ。
[太一]「きつ……」
しかし涙は出ない。
中途半端な、この気持ち。
我ながら嫌になる。
五、送还曜子
魂の抜けたような彼女を、祠につれてきた。
[太一]「最後に、これだけは言っておくけど」
[太一]「ずっと見ていたんだから、さ」
[曜子]「一つ、いい」
[太一]「ん?」
[曜子]「……誰だって、多かれ少なかれ、自動的に人を好きになる」
[曜子]「じゃあ……どうやれば、正しく好きになれるの?」
[太一]「見返りを求めない。それだけのことだよ」
[曜子]「…………!」
[太一]「見返りを求めた瞬間、それは取り引きになると思うんだ」
[太一]「交換、トレード」
[太一]「自分にいいものを与えてくれるなにか」
[太一]「言いかえれば、外部との交易を許容した自己愛だ」
[太一]「否定するわけじゃないよ?」
[太一]「ただ、そうやってつがいになるには……俺は駄目すぎるから」
苦笑する。
[太一]「見返りを求めないのは友情だけに非ず」
[太一]「答えは近くにあったんだ」
[曜子]「どうにも、ならなかったことなの?」
[曜子]「私が太一を壊してしまったから……」
[太一]「もし君と一心同体にならなかったとしても……俺はきっと君を助けた」
[太一]「そしてきっちり同じ結末になっていたって」
[曜子]「なんだ……」
少し、疲れた笑みを浮かべる。
[曜子]「じゃあ……お姫様していれば、よかったのね……」
[太一]「そうだね」
[太一]「でも当時の君は、カンフル剤として純粋なものを必要としていたから……」
[太一]「やっぱり、手近な俺を利用する可能性は高かった」
[太一]「使ったあとで切りすてればよかったのに」
[太一]「それでも、俺は君を好きでい続けただろうから」
[曜子]「それで寂しくないの?」
[曜子]「相手から何も与えられない……寂しくはならない?」
[太一]「……キレイなものを見るのが、好きなんだよ」
[太一]「まずそれがあるんだ。ずっと昔から」
[太一]「その気持ちだけが、俺の最初の感情なんだ」
[太一]「だから、平気だよ」
[曜子]「……もし……太一がまた向こう側に戻ってきたら……」
[曜子]「私、再挑戦する」
[曜子]「うん」
[太一]「その頃には、日本の王様くらいになってないとね、曜子ちゃん」
[曜子]「……それは大変、すぎるかな」
[曜子]「王制にしないといけないから」
[太一]「違いない」
笑う。
彼女は、うつむいたままだった。
[太一]「さようなら、支倉曜子」
[太一]「孤高の君―――」
恭しく頭を下げて。
[曜子]「……さよ……な……」
泣き顔を見た。
俺はそれで一気に満足してしまって。
目を閉じた。
六、最后广播
息を吸う。
夏の香りを含んだ夕風が、悪戯する手つきでそれをさらっていく。
さあ放送だ。
[太一]「こちら、群青学院放送部」
たとえ無駄だとわかっていても。
すがりついて生きていく。
力強く言葉を押し出した。
[太一]「生きている人、いますか?」
[太一]「もしいるのであれば、聞いてください」
[太一]「今あなたがどんな状況に置かれているのか、俺は知りません」
[太一]「絶望しているかもしれない」
[太一]「苦しい思いをしているかもしれない」
[太一]「あるいは……死の直前であるかも知れない」
[太一]「そんな、全部の人に、俺は言います」
[太一]「……生きてください」
[太一]「ただ、生きてください」
[太一]「居続けてくれませんか」
[太一]「これは単なる、俺のお願いです」
[太一]「もしこの声を聞いていてくれる人がいるのであれば、ひとりぼっちではないってことだから」
[太一]「聞いてる人が存在してくれるその瞬間、たとえ自覚がなくとも、俺とあなたの繋がりとなるはずだから」
[太一]「そう考えてます」
[太一]「人は一人で生まれて、一人で死にます」
[太一]「誰と仲良くしても、本質的には一人です」
[太一]「通じ合っても、すべてを共有するわけじゃない」
[太一]「生きることは、寂しいことです」
[太一]「寂しさを、どう誤魔化すかは……大切なことです」
[太一]「そのために……他人がいるんじゃないかと思います」
[太一]「あなたには誰かとの思い出が、ありますか?」
[太一]「それは貴重なものです」
[太一]「決して忘れないようにしてください」
[太一]「孤独と向かい合った人の、唯一の支えだからです」
[太一]「理想は、近くにいてくれる誰か」
[太一]「けど今は、そんな当たり前さえ保証されない」
[太一]「けれど……俺はここにいます」
[太一]「あなたがそこにいるように」
目を閉じる。
万感の思いをこめて。
[太一]「こちら、群青学院放送部」
[太一]「生きている人、いますか?」
祈った―――
[太一]「ではまた来週」
放送を終えた。
立ち上がり、電源を落とす。
片づけている時間はない。
祠に行かねばならない。
また繰り返すのだ。
虚しい行為かも知れない。
けど俺は呼びかけ続ける。
一時の交差を胸に、瞬間の交差を求めて。
いくつもの週を越えて。
また来週と告げるために。