2021-6-26 17:32 /
一、送走雾
[太一]「なあ霧っち」

[桜庭]「なに?」

[太一]「居場所」

[霧]「え? なんですー?」

[太一]「居場所だよ、霧。居場所の手に入れかた」

[霧]「居場所?」

[太一]「話したろ? 心のせめぎあいだって」

[霧]「はあ?」

[太一]「おまえは、繊細で鋭すぎるから、人よりいろんなものが見えてしまうけど」

[太一]「その目なら、大切な人を見つけることはできるだろ」

[霧]「はは……恐縮です!」

[霧]「でも、大切な人は、もういますから!」

[太一]「いいや……これから、作るんだ」

[太一]「それに、あとで美希も送ってやるからな」

[冬子]「え?」

[太一]「つらいこととか、理不尽なこととか、悪意とか」

[太一]「悲喜こもごもあるけどさ」

[太一]「なにもないより、人の世界はマシなんだ」

[太一]「それはわかるよな?」

[太一]「だから、頑張れる」

[霧]「先輩? さっきから何を?」

[太一]「おまえに会うのも、これで最後になるけど」

[太一]「もらった思い出は、ありがたく使わせてもらうさ」

二、送走美希
[太一]「ついた」

[美希]「……ほこら」

[太一]「こっちな」

[美希]「こんなところでするんですかぁ……拒否権はないんでしょうかぁ?」

[太一]「ない」

[太一]「いいとも」

[太一]「ラジオを持ちたまえ」

[美希]「……どういうプレイ?」

[太一]「なに、向こうに切り替わったら状況がすぐわかるようにな」

[美希]「???」

[太一]「ここを歩く、まっすぐゆっくり」

[美希]「??????」

[太一]「ほらほら」

[美希]「なんか、意味が……」

[太一]「歩く歩く」

[美希]「は、はぁ……」

いいぞ。

[太一]「ストップ。動かないように」

[太一]「そうだな、ポーズを取りなさい」

[美希]「どんな」

[太一]「マイポーズ」

[美希]「……ない、そんなものはない……どうしよう」

[太一]「適当でいいんだよ」

[美希]「……こんな感じで?」

[太一]「……………………」

[美希]「……あのぅ?」

[太一]「うむ、目に焼きつけた」

[美希]「何がはじまるのだ……」

[太一]「美希、俺は予言しよう」

[太一]「おまえは近い将来、タフガイになる」

[美希]「性転換するという意味でございますか」

[太一]「いい女になる」

[美希]「わー」

[太一]「経験を積めば、なかなかのものになれるおまえに、俺から言葉を贈ろう」

[太一]「Xという文字は、交差しあってできている!」

[美希]「……ん?」

[太一]「あれ、意味わかんないか? 俺はけっこう感動的なことを言ったぞ」

[美希]「……交差しあってるって、すれ違いってことじゃないですか」

[太一]「うわ、そーいうこと言うなよ! 物事はとらえかた次第だっての!」

[美希]「あはは」

[美希]「先輩はあいかわらず奥が深くて、美希にはよく理解できないです」

[太一]「いいとも」

[美希]「先輩の第一印象は変な人で、今の印象も変な人ですよ」

[太一]「出世してないな、俺」

[美希]「そんなのとつがいになった美希です、よしなに」

[太一]「うむ。よい子を生めよ」

[太一]「ああ、おまえにめくるめく性の極みを教えてやれなくて残念だ」

マジで残念だ。

なんつうか、ちょー残念だ。

無念だ。

[美希]「あのう、さっきから何を?」

[太一]「じゃあな」

手を振る。

[美希]「……あのぅ?」

[太一]「ほら、手をあげて」

[美希]「はい……でも」

[太一]「笑顔」

[美希]「なんか……」

[美希]「お別れみたいじゃないですか」

[太一]「そう?」

[美希]「おかしい、ですよ……先輩……」

[太一]「俺はたぶんね、美希みたいな娘か妹が欲しかったんだと思うんだ」

美希の目が、開いた。

その瞬間。

緋が暮れた。
[太一]「すげー楽しかった。じゃあな」

[美希]「先輩、やだ!」

三、送还冬子

[冬子]「ちょっと、どこに連れて行くの?」

[太一]「いいとこ」

……………………。

[冬子]「ここって……?」

[太一]「さあ」

戸惑う冬子を所定の位置に立たせる。

[太一]「……」

じっと、見る。

[冬子]「ねえ……何がはじまるのよ?」

[太一]「質問です。正直に答えて下さい」

[冬子]「は、はい……」

[太一]「寂しい?」

[冬子]「え……さあ、どうかしら……」

[太一]「人がいなくなって、寂しくない?」

[冬子]「……寂しいというか……不安だけど……」

[太一]「帰りたい? 家に」

[冬子]「……そりゃ……あの頃に戻れるものなら……誰だってそうじゃないの?」

[冬子]「ねえ、どういうこと?」

[太一]「次の質問」

[太一]「冬子はずっと孤独だったけど、それはなぜ?」

[冬子]「……なぜって……言われても……わからない……」

[冬子]「ただ……悔しくて……異常者ってことにされて……それだけで、もう弾かれて……誰も声をかけてこなくって……」

[冬子]「一人でいるしかないじゃない……」

[冬子]「でも、太一は声をかけてきてくれたから……」

[太一]「……ごめんな」

ただ、謝罪するしかない。

[太一]「じゃ最後の質問だ」

[太一]「俺のこと、好き?」

[冬子]「……ええと……」

[冬子]「うん、好き……」

最後の言葉だからか。

平凡な単語が、じんと胸に届いた。

うん。

こんなところだろうか。

[太一]「じゃ冬子、勘違いするなよ」

[太一]「今度は捨てるわけじゃないからな、本当だぞ?」

四、送还学姐
太一]「こっちですよー」

柔らかい手を取って、導く。

指先が冷たい。

恐いのかな?

適当なあたりに立たせる。

[太一]「ここに立ってください」

[見里]「あの……」

[太一]「はい?」

[見里]「こんなことを言ったら……いけないのかもしれないですけど」

[見里]「こわいんです……」

[太一]「そうでしょうね」

それっきり、先輩は言葉を発することができない。

異常な状況に、混乱している。

[太一]「心を抱えて、人の世界で生きていかないといけないわけですから」

[見里]「……人の?」

[見里]「人なんて……もう……」

[太一]「しっ」

口を押さえた。

ここに誰かがやって来ている。

草をかきわけ、地面に足を叩きつけ。

……走って。

そいつは、走ってはいけないはずなのに、走って。

悠長に話している暇はないな。

最後に先輩をじろじろと眺める。

記憶に刷り込むために。

世界が分解されはじめた。

大気の密度が変質し、空が暮れる。

[見里]「……夕日?」

後ずさる。

[太一]「部活、誘ってくれてありがとう、先輩」

ぴくん、と身をかたくした。

[太一]「あれがあなたの、価値観の押しつけだったとしても……俺は嬉しかった」

[太一]「俺に興味を示してくれて、ありがとう」

[太一]「一生、忘れません。あなたのこと、あなたの言葉、あなたの記憶」

[見里]「……痛く、しないでくださいね」

震える肩。震える声。

抱きしめたくなる。

俺は踵を返し、先輩と距離をあけた。

[見里]「……へー?」

[太一]「ごめん……楽にしてあげるってのは、嘘です」

[太一]「苦しみながら生きていくんです、先輩は」

[太一]「そこに俺はいないけど……」

肩の前で、小さく手を振る。

[太一]「ばいばい先輩、楽しかった」

先輩がなにか言おうとした瞬間、俺は目を閉じた。

そして開くと、もう彼女はいなくなっていた。

ごっそりと、疲労を感じた。

胸がえぐられたようだ。

[太一]「きつ……」

しかし涙は出ない。

中途半端な、この気持ち。

我ながら嫌になる。

五、送还曜子
魂の抜けたような彼女を、祠につれてきた。

[太一]「最後に、これだけは言っておくけど」

[太一]「ずっと見ていたんだから、さ」

[曜子]「一つ、いい」

[太一]「ん?」

[曜子]「……誰だって、多かれ少なかれ、自動的に人を好きになる」

[曜子]「じゃあ……どうやれば、正しく好きになれるの?」

[太一]「見返りを求めない。それだけのことだよ」

[曜子]「…………!」

[太一]「見返りを求めた瞬間、それは取り引きになると思うんだ」

[太一]「交換、トレード」

[太一]「自分にいいものを与えてくれるなにか」

[太一]「言いかえれば、外部との交易を許容した自己愛だ」

[太一]「否定するわけじゃないよ?」

[太一]「ただ、そうやってつがいになるには……俺は駄目すぎるから」

苦笑する。

[太一]「見返りを求めないのは友情だけに非ず」

[太一]「答えは近くにあったんだ」

[曜子]「どうにも、ならなかったことなの?」

[曜子]「私が太一を壊してしまったから……」

[太一]「もし君と一心同体にならなかったとしても……俺はきっと君を助けた」

[太一]「そしてきっちり同じ結末になっていたって」

[曜子]「なんだ……」

少し、疲れた笑みを浮かべる。

[曜子]「じゃあ……お姫様していれば、よかったのね……」

[太一]「そうだね」

[太一]「でも当時の君は、カンフル剤として純粋なものを必要としていたから……」

[太一]「やっぱり、手近な俺を利用する可能性は高かった」

[太一]「使ったあとで切りすてればよかったのに」

[太一]「それでも、俺は君を好きでい続けただろうから」

[曜子]「それで寂しくないの?」

[曜子]「相手から何も与えられない……寂しくはならない?」

[太一]「……キレイなものを見るのが、好きなんだよ」

[太一]「まずそれがあるんだ。ずっと昔から」

[太一]「その気持ちだけが、俺の最初の感情なんだ」

[太一]「だから、平気だよ」

[曜子]「……もし……太一がまた向こう側に戻ってきたら……」

[曜子]「私、再挑戦する」

[曜子]「うん」

[太一]「その頃には、日本の王様くらいになってないとね、曜子ちゃん」

[曜子]「……それは大変、すぎるかな」

[曜子]「王制にしないといけないから」

[太一]「違いない」

笑う。

彼女は、うつむいたままだった。

[太一]「さようなら、支倉曜子」

[太一]「孤高の君―――」

恭しく頭を下げて。

[曜子]「……さよ……な……」

泣き顔を見た。

俺はそれで一気に満足してしまって。

目を閉じた。

六、最后广播
息を吸う。

夏の香りを含んだ夕風が、悪戯する手つきでそれをさらっていく。

さあ放送だ。

[太一]「こちら、群青学院放送部」

たとえ無駄だとわかっていても。

すがりついて生きていく。

力強く言葉を押し出した。

[太一]「生きている人、いますか?」

[太一]「もしいるのであれば、聞いてください」

[太一]「今あなたがどんな状況に置かれているのか、俺は知りません」

[太一]「絶望しているかもしれない」

[太一]「苦しい思いをしているかもしれない」

[太一]「あるいは……死の直前であるかも知れない」

[太一]「そんな、全部の人に、俺は言います」

[太一]「……生きてください」

[太一]「ただ、生きてください」

[太一]「居続けてくれませんか」

[太一]「これは単なる、俺のお願いです」

[太一]「もしこの声を聞いていてくれる人がいるのであれば、ひとりぼっちではないってことだから」

[太一]「聞いてる人が存在してくれるその瞬間、たとえ自覚がなくとも、俺とあなたの繋がりとなるはずだから」

[太一]「そう考えてます」

[太一]「人は一人で生まれて、一人で死にます」

[太一]「誰と仲良くしても、本質的には一人です」

[太一]「通じ合っても、すべてを共有するわけじゃない」

[太一]「生きることは、寂しいことです」

[太一]「寂しさを、どう誤魔化すかは……大切なことです」

[太一]「そのために……他人がいるんじゃないかと思います」

[太一]「あなたには誰かとの思い出が、ありますか?」

[太一]「それは貴重なものです」

[太一]「決して忘れないようにしてください」

[太一]「孤独と向かい合った人の、唯一の支えだからです」

[太一]「理想は、近くにいてくれる誰か」

[太一]「けど今は、そんな当たり前さえ保証されない」

[太一]「けれど……俺はここにいます」

[太一]「あなたがそこにいるように」

目を閉じる。

万感の思いをこめて。

[太一]「こちら、群青学院放送部」

[太一]「生きている人、いますか?」

祈った―――

[太一]「ではまた来週」

放送を終えた。

立ち上がり、電源を落とす。

片づけている時間はない。

祠に行かねばならない。

また繰り返すのだ。

虚しい行為かも知れない。

けど俺は呼びかけ続ける。

一時の交差を胸に、瞬間の交差を求めて。

いくつもの週を越えて。

また来週と告げるために。