Dawn Chorus: A Fair and Tall Nordic Tale (Part I)

2024-11-7 17:09 · 13 分钟阅读
Of late I did play a wondrous visual novel, worthy of praise for its extraordinary artistic expression and deep insight into Norwegian existentialism, answering the question, 'to be or not to be.' When first I did encounter this game, I knew not its worth; yet as deeper I delved therein, soon did I perceive its taste and flavor, much like that of Dame Blanche: cold as Scandinavian winters, yet tender as a thoughtful and gentle husband upon whose shoulders his wife might rest. In this descriptive and commentary writing, I shall employ a more classical style of English, for this game doth merit the appellation of literary artwork, and for certain reasons besides. Yet, despite the challenges such a form may pose, I shall translate it into Japanese, that it may reach the eyes of more readers.
By the way, as one not native to this tongue, I would give my heartfelt thanks to one of my Japanese friends, who hath offered aid whenever I could not find fitting words, neither in mine own mind nor in the dictionary. Yet, should any error be found within this article, ye are most welcome to point it out.
近頃、我は一つの驚くべきビジュアルノベルを遊び奉り、その並外れた芸術表現とノルウェーの実存主義に対する深遠なる洞察により、称賛に値するものと心得たり。『生きるべきか、否か』といふ問いに応へる如くなりぬ。初めて此のゲームに出会ひたる時は、其の価値を知らざりしかど、深く遊ぶにしたがひ、やがて其の味わひを感得し、デーム・ブランシュの如き風味を得たり:北欧の冬の如く冷たけれども、妻が安らぎを見出す優しき夫の肩の如く優しく柔らかきなり。此の評論に於いては、より古風なる英語表現を用ゐんと欲す、何となれば此のゲームは文学的藝術作品との呼称に値するが故にして、他にも理由あればなり。また、挑戦を伴ふとも、日本語へと翻訳し、より多くの読者の目に届かせんと志すもの也。
ところで、私はこの言語の母語話者ではないため、適切な言葉が自分の頭の中にも辞書にも見つからないときには、助けをくれる日本人の友人に心から感謝を捧げたいと思います。しかし、もしこの記事に何らかの誤りが見つかれば、どうぞ遠慮なくご指摘ください。



But ere we stare into the heart thereof, let us first survey certain fundamental aspects of this game. First and foremost, 'tis a furry game imbued with homoromantic elements and bearing certain pornographic content, thereby intended solely for adults. Thou, the player, art a male tiger hailing from Finland, where thou didst grow up and receive thy early education. Thereafter, upon stepping into college as a freshman, thou didst move to Norway. This winter, thou journeyedst to the Arctic reaches of that land to join a science camp, where thou didst dwell with a company of fellow students—some familiar to thee, others strangers. As a photographer of rare skill, both in a literal and metaphorical sense, thou hadst the power to capture landscapes both of nature and of the mind, granting thee insight into the hearts of those around thee. Perchance, through such understanding, thou mayest forge bonds deeper than mere friendship.
しかし、その核心に入る前に、まずこのゲームのいくつかの基本的な側面について概観しておきましょう。まず第一に、このゲームは大人向けの内容で、ホモロマンティックな要素と、性的な描写が含まれている「ファーリー」ゲームです。プレイヤーであるあなたは、フィンランド出身の男性の虎で、そこで育ち、初等教育を受けました。その後、大学に入学するためにノルウェーに移り、この冬、科学キャンプに参加するためその北極圏に旅しました。そこでは、同じ学生仲間たちと一緒に過ごし、知り合いもいれば初対面の者もいました。あなたは、比喩的にも文字通りにも希少な才能を持つ写真家で、自然や人の心の風景を捉える力を持ち、周囲の人々の心の奥に触れる洞察を得ることができました。そのような理解を通じて、単なる友情を超える深い絆を築くことができるかもしれません。

Then shall I give the main character a name—Alexey—and thus shall all things begin thereafter.
それでは主人公に「アレクセイ」という名前を与え、すべての物語がここから始まることにしましょう。




「私たちは海上の船で、あらゆる方向に漂っています。風が容赦なく吹き、私たちを引き離します。ある瞬間はあなたと分かち合いますが、次の瞬間には私たちはほとんど他人です。真のつながりは本当に可能ですか?」

After some murmurings from Alexey’s own mind in the first-person perspective—whence it seemeth he may have lost, or may soon lose, a friend or lover of great import—we first behold an art exhibition titled Meditations on a Chance, which Alexey doth hold. He is revealed as a successful photographer, surrounded by familiar faces and a broader audience, reveling in the glory of his fame at so young an age. But then, lo! A figure doth approach him from behind—Rune, a tall and comely reindeer, an acquaintance made not long past. Yet, it seemeth that all this doth take place in some future time. Rune doth ask Alexey to linger with him for a moment, and together they retire to a room behind. They draw nearer, and a playful exchange of light affections doth ensue. But, just as the intimacy betwixt them doth deepen, our poor little Alexey is startled awake, finding himself yet upon a school journey as a first-year student. Indeed, he is still upon the bus, whereon he had fallen asleep.
アレクセイが大切な友人や恋人を失ったかもしれない、あるいは少なくともこれからそうなるだろうというメッセージを含むかもしれない一人称視点のつぶやきの後、私たちはまずアレクセイが開催する「チャンスについての瞑想」という名の美術展を見る。彼は写真家として成功し、馴染みのある顔ぶれや大勢の観客に囲まれ、若くして名声を上げた栄光を満喫していることが判明した。突然、彼の後ろに誰かが歩いてきます。これは背が高くてハンサムなトナカイ,ルーンです。これもつい最近知ったばかりの知人ですが、おい、これはすべて未来に起こっているようです。ルーンはアレクセイにしばらく一緒にいてほしいと頼み、全員が後ろの部屋に入り、近づき、基本的ないちゃいちゃをし始めます。親密さがより強くなった直後、私たちの可哀想な小さなアレクセイは目を覚まし、自分がまだ一年生として修学旅行中であることに気づきました、そして今彼は眠りにつく前にバスに乗っています。





「もうすぐ目的地に着きます。荷物をまとめてコートを着て、出発の準備をしてください。」
全生徒のコーチであるデボンは言う。

Alexey is bemused by this person, but then a young wolf doth speak to him—it is Mikko. Ah, Mikko! I could scarce find a name more stereotypically Finnish; Noticeable as it could be, this name is akin to those bygone American films from my father’s day, wherein so many Russian agent villains bore names like Natasha, or, ironically, Alexey—the very name of my protagonist. Mayhap this Finnish name doth signify that he is, in some wise, a reflection of some deeper connection betwixt him and myself within this game.
The slender and silent wolf seemeth to know naught of who Devon is, yet 'tis plain he hath no desire to speak well of him. And now we come unto the journey’s end, a spacious, cozy lodging, built chiefly of timber, as though crafted by Johan Sundburg himself. The biting chill without is merciless, and so Alexey doth resolve to go within at once.
アレクセイはこの人物に困惑しているが、その時、若き狼が彼に話しかけてくる―それはミッコである。ああ、ミッコ!これほどフィンランドらしい名前は他に見つけがたいだろう。その名が目を引くのは、父の時代の古きアメリカ映画を思い起こさせるからで、そこでは多くのロシア人スパイが、ナターシャや、皮肉にもアレクセイという名前を持っていた。これは、どこかで主人公であるアレクセイと私自身の間に深い繋がりを象徴しているのかもしれない。
そのスレンダーで物静かな狼は、デヴォンが誰なのかまったく知らない様子だが、彼について良く話そうという気はないことは明らかである。そして、ついに目的地に到着する。広々として居心地の良い木造の宿で、まるでヨハン・スンドバーグ自身が作り上げたかのようだ。外の寒さは容赦なく身を切るようで、アレクセイはすぐに中へ入ることを決心する。




This is to be continued, thank you for reading Part I.
まだまだ続きますので、パート1をお読みいただきありがとうございます。
#1 - 2024-11-7 17:43
日本語Verも書いてくれてありがどう。
早速読ませていただきますね♥
#1-1 - 2024-11-7 19:15
PanPolska
Thank you for all these corrections, I'll wait till you push forward all of them. I just figured out my Japanese was learned from McDonald's ice cream machine.
これらすべての修正に感謝します。すべての修正を進めていただくまで待ちます。私の日本語はマクドナルドのアイスクリームマシンから学んだものだと気づきました。
#1-2 - 2024-11-7 19:33
okamiyu
PanPolska 说: Thank you for all these corrections, I'll wait till you push forward all of them. I just figured out...
ご謙遜なさらないでください。
あなたは自分のベストを尽くしました。
それは素晴らしいことです。
日本語の部分も間違ったわけではないが、
ただ読みにくいだけです。
もっと自信を持って大丈夫です。
私はいつもあなたの側にいますからね。
我が友よ。
#2 - 2024-11-7 18:01
to be or not to be
生きるべきか、死ぬべきか。
本来の意味と少し違うが、こっちの方が正式的訳し方です。

用ゐん
これは古代日本語を使ってますね。
「ゐ」は現代日本語では名前以外にはもう使えません。
よく知ってると驚きました。
普通に「使う」か「使用する」にすればよろしいでしょう。
あえて古い言葉を使うなら「用いる」の方が読みやすいと思います。
#3 - 2024-11-7 18:26
その核心に入る前に
「その核心につく前に」核心は「入る」より「つく」ほうがいいでしょう。

基本的な側面
「ポイント」を使う方がいいでしょう。
「基本的な側面」はちょっとわかりにくいですね

概観
こっちは「まとめ」を使う方が柔らかいでしょう。
「概観」は言葉としては硬い、硬すぎる。

まず第一に
ここは「まずはじめに」の表現は一般的です。

大人向け
「成人向け」が一般的の表現です。

ホモロマンティック
「BL表現」/「男同士の恋愛」の方が業界用語です。

ファーリー
「ファーリィ」が正しいです。

男性の虎
「オスの虎」の方が正しいです。
フィンランド出身の男性の虎で、そこで育ち、初等教育を受けました。
「オスの虎、フィンランドで生まれ育ち、義務教育を受けました。」
こっちの方が自然で分かりやすいでしょう。

科学キャンプ
「サイエンスキャンプ」で統一しましょう。

同じ学生仲間たちと一緒に過ごし、知り合いもいれば初対面の者もいました。
「同じ学生である仲間たちと一緒に過ごしました。中に知り合いもいるが、初対面の人もいました。」
#4 - 2024-11-7 18:44
比喩的にも文字通りにも希少な才能を持つ写真家
「名実ともに稀な才能を持っている写真家」

自然や人の心の風景を捉える力を持ち、周囲の人々の心の奥に触れる洞察を得ることができました
「自然の風景はもちろん、人の心の景色も捉えることができます。周囲の人たちの心の一番深い所に気使うことができます」
「できました」は過去形、能力は今も持っているから、現在形でいいです。

理解を通じて
「理解し合った」

単なる友情を超える深い絆を築くことができるかもしれません
「ただの友情を超え、更に深い絆を築くかもしれません」

すべての物語がここから始まることにしましょう。
「ここにすべての物語を始まりましょう」
#5 - 2024-11-7 18:49
アレクセイが大切な友人や恋人を失ったかもしれない、あるいは少なくともこれからそうなるだろうというメッセージを含むかもしれない一人称視点のつぶやきの後、私たちはまずアレクセイが開催する「チャンスについての瞑想」という名の美術展を見る。彼は写真家として成功し、馴染みのある顔ぶれや大勢の観客に囲まれ、若くして名声を上げた栄光を満喫していることが判明した
なぜここからは「です」、「ます」を諦めましたか。
統一しましょう。
#6 - 2024-11-7 18:58
アレクセイが大切な友人や恋人を失ったかもしれない、あるいは少なくともこれからそうなるだろうというメッセージを含むかもしれない一人称視点のつぶやきの後、私たちはまずアレクセイが開催する「チャンスについての瞑想」という名の美術展を見る。
長いすぎます。一句に内容を入れすぎます。読み辛いです。
「アレクセイはこれから大切な友人や恋人を失うかもしれません。このメセージがそう予言するかのように。その後、アレクセイが開催する美術展「チャンスについての瞑想」を見ることになります。」
#7 - 2024-11-7 19:05
彼は写真家として成功し、馴染みのある顔ぶれや大勢の観客に囲まれ、若くして名声を上げた栄光を満喫していることが判明した
写真家として若くして名を挙げ栄耀を勝ち取った彼は、常連さんたちに囲まて成功を噛み締めました。
#8 - 2024-11-7 19:29
これもつい最近知ったばかりの知人ですが、おい、これはすべて未来に起こっているようです。
「彼は主人公と最近知り合ったようです。これもこれから起こる物語です。」

ルーンはアレクセイにしばらく一緒にいてほしいと頼み、全員が後ろの部屋に入り、近づき、基本的ないちゃいちゃをし始めます。
「ルーンは主人公と二人きりにして欲しいと頼みました。それから、二人は部屋に入り、段々と距離を詰まる、最後にはいちゃいちゃを始めました。」

親密さがより強くなった直後
「関係を深まった直後」

自分がまだ一年生として修学旅行中であることに気づきました
「自分がまだ一年生、そして今は修学旅行の最中であることを気づけました」

そして今彼は眠りにつく前にバスに乗っています。
「どうやら彼は眠った前にバスに乗っていたらしいです。」
#8-1 - 2024-11-7 19:38
PanPolska
全員😭💀💀
この言葉の使い方を忘れてしまいました。😰
#8-2 - 2024-11-7 20:04
okamiyu
PanPolska 说: 全員😭💀💀
この言葉の使い方を忘れてしまいました。😰
分かり辛いですね、一度翻訳で中国語に訳してから、
日本語に訳し返す、なかなか大変な仕事でしたwww
一句にいっぱい詰め過ぎてやばいですね。
翻訳の仕事の経験がなければ無理でした。
#9 - 2024-11-7 19:56
アレクセイはこの人物に困惑しているが、その時、若き狼が彼に話しかけてくる―それはミッコである。
「アレクセイはコーチの言葉に困惑したその時、若い狼が一匹、主人公に話かけました。まさかミッコでした。」

見つけがたいだろう
「見つけがたいでしょう」文体を統一しましょう。

その名が目を引くのは、父の時代の古きアメリカ映画を思い起こさせるからで、
「その名前に目を止まるのは、父の時代の古いアメリカ映画を思い出せるからです。」

そこでは多くのロシア人スパイが、ナターシャや、皮肉にもアレクセイという名前を持っていた。
「映画の中で、大勢のスパイのロシア人は、ナターシャという名前をつけられました。皮肉にも、アレクセイという名前も多く使われたらしいです。」

これは、どこかで主人公であるアレクセイと私自身の間に深い繋がりを象徴しているのかもしれない。
「それはどこかの映画主人公のアレクセイと今の私との深い繋がりを象徴しているかもしれません。」
#10 - 2024-11-7 20:18
そのスレンダーで物静かな狼は、デヴォンが誰なのかまったく知らない様子だが、彼について良く話そうという気はないことは明らかである。
「細く物静かなミッコはデヴォンが誰なのか全然分かっていないけど、デヴォンについていい話をする気がないことは明らかです。」
ちなみに「デヴォン」は誰?コーチなのか?そこは説明してほしいです。

到着する
「到着しました。」

上げたかのようだ
「上げたかのようです。」

外の寒さは容赦なく身を切るようで、アレクセイはすぐに中へ入ることを決心する。
「外は身を切るような容赦なしの寒さです。アレクセイは早速中へ入ると決心しました」

关联条目