职业: 漫画家
日本の男性漫画家。北海道十勝郡浦幌町宝町出身。血液型はO型。
1969年、『月刊まんが王』(秋田書店)の連載『リングサイド・クレイジー』でデビュー。SF・ナンセンス色の強い作風で徐々に人気を得るが、『週刊少年チャンピオン』で当時人気だった永井豪の『ハレンチ学園』のようなハレンチコメディ路線を編集者に強制され、『ふたりと5人』(1972年〜1976年)を連載、中ヒット的な人気を得る。
その後、マイナー誌に活躍の場を移し、SF・ロリコン・ナンセンスの要素をふんだんに湛えたマニアックな作品を続々と発表、吾妻ブームを起こす。 1978年に発表した『不条理日記』は、翌1979年の日本SF大会で星雲賞(コミック部門)を受賞。「不条理漫画」というジャンルの開拓者と考えられている。
同年、日本初のロリコン同人誌『シベール』を出版。また自販機本(ビニール本・エロ本)の『少女アリス』誌などにロリコンマンガを発表した。当時、メジャー誌出身の漫画家が同人誌やポルノ雑誌に描くことはきわめて異例であった。
1985年ごろから低迷期に入り、自殺未遂事件や失踪事件を起こし、アルコール依存症治療のため精神病院に入院した。2005年にそれらの体験を描いた『失踪日記』を出版し、大きな注目を浴びた。
2011年、明治大学博物館で展覧会が開かれた。
2017年3月、食道癌が判明し、入院闘病中であることを、自らのツイッターで明かす。同年5月、手術を終え退院し、自宅療養中であると公表。胃を切除し食道を吊り上げる手術だった。
2019年10月13日、都内の病院で死去。69歳だった。
1969年、『月刊まんが王』(秋田書店)の連載『リングサイド・クレイジー』でデビュー。SF・ナンセンス色の強い作風で徐々に人気を得るが、『週刊少年チャンピオン』で当時人気だった永井豪の『ハレンチ学園』のようなハレンチコメディ路線を編集者に強制され、『ふたりと5人』(1972年〜1976年)を連載、中ヒット的な人気を得る。
その後、マイナー誌に活躍の場を移し、SF・ロリコン・ナンセンスの要素をふんだんに湛えたマニアックな作品を続々と発表、吾妻ブームを起こす。 1978年に発表した『不条理日記』は、翌1979年の日本SF大会で星雲賞(コミック部門)を受賞。「不条理漫画」というジャンルの開拓者と考えられている。
同年、日本初のロリコン同人誌『シベール』を出版。また自販機本(ビニール本・エロ本)の『少女アリス』誌などにロリコンマンガを発表した。当時、メジャー誌出身の漫画家が同人誌やポルノ雑誌に描くことはきわめて異例であった。
1985年ごろから低迷期に入り、自殺未遂事件や失踪事件を起こし、アルコール依存症治療のため精神病院に入院した。2005年にそれらの体験を描いた『失踪日記』を出版し、大きな注目を浴びた。
2011年、明治大学博物館で展覧会が開かれた。
2017年3月、食道癌が判明し、入院闘病中であることを、自らのツイッターで明かす。同年5月、手術を終え退院し、自宅療養中であると公表。胃を切除し食道を吊り上げる手術だった。
2019年10月13日、都内の病院で死去。69歳だった。

